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自分を燃料にするな

役員報酬を削って長時間労働した黒字化は、経営者自身を燃料として燃やしているだけで持続しません。自分の時間にも単価をつけて原価に入れ、報酬の正常化ロードマップを引くことが、不動産会社の持続可能な成長の前提です。

朝日を背に立つ経営者の後ろ姿、健康的な経営と持続可能性を象徴

この記事の結論

役員報酬を削って長時間労働した黒字化は、経営者自身を燃料として燃やしているだけで持続しません。自分の時間にも時給3万円の単価をつけて原価に入れ、健康を体系知識として扱い、報酬の正常化ロードマップを引くことが、不動産会社の持続可能な成長の前提です。自分だけが「愛」の配り先から抜け落ちていないか、今すぐ確認してください。

役員報酬を半減して走り続けた経営者の末路

役員報酬を半減し、長時間労働で黒字化を目指した経営者は、体調を崩した瞬間に事業が止まります。

関西の売買仲介会社(従業員8名)の社長は、業績が厳しくなった第4期に役員報酬を1,200万円から580万円へ半減しました。朝6時から深夜24時まで働き、月5回の地方出張をこなし、往復8時間かかる顧問先にも通い続けました。会社への貸付は1,500万円に達し、第4期末の現預金残高は37.9万円でした。

その社長は「自分が頑張れば何とかなる」と信じていました。実際、数字の上では黒字化に近づいていました。

しかし、体調を崩した瞬間に事業は止まりました。経営者が動けなくなると、顧客との商談・金融機関との交渉・重要な判断がすべて止まります。代わりに判断できる人間はいませんでした。従業員は日常業務をこなせても、方向を決める船長がいなければ会社は動きません。

この社長の問題は、「愛」の配り先に自分だけが入っていなかったことでした。

顧客のために、従業員のために、家族のために走り続けた結果、自分の健康・自分の時間・自分の報酬がすべて後回しになっていました。役員報酬580万のまま17時間稼働を続けた黒字化は、経営者自身を燃やした黒字にすぎません。

自己犠牲型経営と持続可能型経営の構造比較

自己犠牲型経営

  • 役員報酬を削って見かけの黒字を作る
  • 経営者の時間を原価に入れない
  • 長時間労働(月160時間超)を前提にする
  • 健康管理は気合と後回し
  • 経営者が倒れた瞬間に事業が止まる
  • 持続期間: 3年が限界

持続可能型経営

  • 適正報酬(月70万〜120万)を確保する
  • 経営者の時間を時給3万円で原価換算
  • 稼働上限120時間を守る仕組みを作る
  • 健康を数値と設計で管理する
  • 経営者不在でも回る体制を作る
  • 持続期間: 10年・20年先を設計できる

経営者を「燃料」として消費する構造から「資本」として守る構造へ

図1 自己犠牲型経営と持続可能型経営の構造比較

経営者の時間も原価に入れる

経営者の時間を原価に入れるとは、自分が実務に投入した時間を時給換算(業界標準の専門家報酬)して原価に計上することです。不動産会社の経営者が自分の時間を原価に入れないことは、実質的に会社への無償労働の提供です。

たとえば、月160時間(1日8時間×20日)を実務に投入している経営者がいるとします。この時間を業界標準の専門家報酬(時給3万円)で計算すると、月480万円の人件費を会社に無償で提供していることになります。

項目 役員報酬削減前 役員報酬削減後 実質原価換算
役員報酬(月) 100万円 48万円 48万円
経営者の稼働時間 100時間 160時間 160時間
時給換算の原価 300万円 480万円 480万円
実質人件費 300万円 480万円 480万円
見かけの黒字 0万円 +52万円 ▲432万円

役員報酬を削って「黒字化した」と見えても、経営者の時間を時給3万円で原価換算すると実質は大幅な赤字です。この状態を「健全な黒字」と呼んではいけません。

経営者の時間を原価に入れる習慣を持つと、「自分が動けば何とかなる」という発想から「自分が動かなくても回る仕組みを作る」という設計思考に切り替わります。社長が実装者に落ちずに、船長として判断だけに集中する働き方については実装者に落ちるな——社長の4つの役割で詳しく扱っています。

「自分を燃料にするな、資本として守れ」の原則

不動産会社の経営者は、自分自身を資本として扱う必要があります。

資本とは、事業を回すために必要な要素であり、使い切ってはいけないものです。在庫を食いつぶして売上を立てる会社が持続しないように、経営者自身を食いつぶして黒字化した会社も持続しません。

経営者が倒れた瞬間に事業が止まるという構造を放置することは、事業の持続可能性を根本から損ないます。

私たちが顧問先の経営者に伝えているのは、次の3つです。

  1. 自分の時間にも時給3万円の単価をつけて原価に入れる
  2. 健康を体系知識として扱う(感覚ではなく設計で管理する)
  3. 役員報酬の正常化ロードマップを中期経営計画に明記する

「稼ぐことは、愛である」という言葉があります。成果を出す力がなければ、大切な人を守ることはできません。しかし、その「愛」の配り先に自分自身が入っていなければ、いずれ燃料が尽きて全員が路頭に迷います。

健康を体系知識として扱う

60歳まで30代の身体を保つには、気合ではなく設計が必要です。不動産会社の経営者が「60歳まで30代の身体を保つ」と誓いながら、その実現方法を体系化している例はほとんどありません。

気合で乗り切る、忙しさを理由に後回しにする、調子が悪くなってから病院に行く。この3つのパターンが経営者の健康管理の実態です。

しかし、60歳まで30代の身体を保つには、感覚ではなく設計が必要です。

具体的には、次の5つを仕組み化します。

  1. 月1回の健康診断データを記録する ── 体重・血圧・血糖値・肝機能・コレステロールの推移を可視化し、異常値が出たら即対処する
  2. 睡眠時間を6時間以上確保する ── 朝6時から深夜24時の稼働は構造的に持続しません。稼働の上限を月120時間に設定し、超えたら当期売上目標を20%下げる決断をする
  3. 週1回の運動習慣を固定する ── カレンダーに仕事の会議と同格で入れ、削るときは仕事側から削る
  4. 禁則を守る ── 深酒(3杯まで)・夜ふかし・スマホ動画の常態化を避ける
  5. 体調不良の兆候を無視しない ── 「まだ大丈夫」と先送りせず、異常を感じたら翌日に医療機関へ行く

健康は個人の問題ではなく、会社の最重要リスク管理項目です。経営者が倒れた瞬間に止まる事業構造を放置することは、顧客・従業員・家族に対する無責任です。

役員報酬の正常化ロードマップ

役員報酬を削ったまま黒字化した会社は、次のステップとして報酬の正常化ロードマップを中期経営計画に明記する必要があります。

先ほどの関西の売買仲介会社(役員報酬580万円)の例で、3年で1,200万円に回復させるロードマップを示します。

役員報酬正常化の3つの判断基準

1. 現金ライン
非常線(月商の1か月分)を割る報酬復元は行わない。まず現金400万→600万→1,000万と積み上げてから報酬を上げる
2. 利益水準
営業利益が安定的に300万を超える水準になってから正常化する。利益100万の段階で報酬100万に戻すのは無理がある
3. ストック売上比率
顧問契約・研究会・定期保守など、ストック売上の比率を30%以上に引き上げてから報酬を上げる。単発案件だけでは翌期に再び削る羽目になる

3つの基準を満たしてから段階的に復元することで、再び削る事態を避ける

図2 役員報酬正常化の3つの判断基準
役員報酬(月) 営業利益目標 現金残高目標 実施項目
第1期 48万円 100万円 400万円 固定費削減・粗利率改善・AI導入
第2期 70万円 180万円 600万円 ストック売上比率30%・新規顧問2社
第3期 100万円 300万円 1,000万円 顧問5社・研修事業立ち上げ

ポイントは次の3つです。

  1. 現金ラインを先に確保する ── 現金400万円(非常線)を脅かす報酬復元は行わない。まず現金を600万→1,000万と積み上げてから報酬を上げる
  2. 利益水準と連動させる ── 営業利益100万の段階で報酬100万に戻すのは無理があります。利益が安定的に300万を超える水準になってから正常化する
  3. ストック売上の比率を上げる ── 単発案件だけで報酬を上げると、翌期に案件が減った瞬間に再び削る羽目になります。顧問契約・研究会・定期保守など、ストック売上の比率を30%以上に引き上げてから報酬を上げる

このロードマップを中期経営計画に明記し、毎月の経営会議で進捗を確認します。「業績が回復したら報酬を戻す」という曖昧な約束ではなく、第何期に月いくらまで戻すという数字と期限をセットにしてください。

また、稼働時間120時間超過や現金ライン割れといった危険信号が出た瞬間に自動で警告を出す実行時のルール強制の仕組みを作ることで、経営者が「まだ大丈夫」と先送りする前にブレーキをかけることができます。健康と稼働の限界を超える前に止める仕組みの設計は、持続可能な経営の前提です。

不動産会社の経営者が陥りがちな「自己犠牲型経営」からの脱却

自己犠牲型経営から脱却するには、「愛」の配り先に自分自身を入れることが前提です。不動産業界には「経営者が身を削ってでも顧客を守る」という美徳があります。

顧客の契約トラブルに夜中まで対応する、売主の相続問題に無償で相談に乗る、従業員のミスを自分の報酬を削ってカバーする。これらは確かに「愛」です。

しかし、その「愛」が持続しなければ、最終的には顧客も従業員も路頭に迷います。

経営者が倒れて会社が止まった瞬間、誰が顧客を守るのでしょうか。誰が従業員の給料を払うのでしょうか。自分を燃やし尽くした経営者の周りには、誰も残りません。

自己犠牲型経営から脱却するための3つの問いを、毎月の経営会議で自分に問いかけてください。経営者の判断を速くする具体的な手法については経営者の判断を速くする「3軸30秒ルール」で実務的な型を示しています。

  1. 今月の自分の稼働時間は何時間か ── 120時間を超えていたら、何かが壊れる前兆です。売上目標を下げるか、実装を外注するか、案件を断るか、いずれかの判断を今月中に実行してください
  2. 自分の時間を時給3万円で原価換算したら、今月の黒字は本当に黒字か ── 見かけの黒字に騙されず、実質原価で計算してください
  3. 今の働き方を3年続けたら、自分の身体はどうなっているか ── 3年後に倒れる前提の経営計画は、計画ではなく自殺行為です

よくある質問

Q. 経営者の時間を原価に入れるとはどういうことですか

A. 自分が顧客対応や実務に投入した時間を、時給3万円(業界標準の専門家報酬)として計算し、原価に計上することです。これにより「役員報酬を削って黒字化した」という見かけの黒字が、実は経営者自身を燃やした赤字であることが可視化されます。

Q. 役員報酬はどのくらいが適正ですか

A. 不動産会社の経営者であれば、同規模の専門職(税理士・不動産鑑定士)の報酬水準を参考に、月70万〜120万(年800万〜1,500万)が目安です。業績が厳しくても、半分以下に削るのは持続可能性を損ないます。

Q. 役員報酬を下げずに黒字化する方法はありますか

A. まず固定費の見直し(人員配置・広告費・事務所コスト)、次に粗利率の改善(単価の見直し・仕入れ条件交渉)、AIや業務効率化による稼働削減の順で手を打ちます。役員報酬は最後の手段であり、下げた場合も回復計画をセットで組みます。

Q. 健康を体系知識として扱うとはどういう意味ですか

A. 「気合で乗り切る」のではなく、睡眠・運動・食事・ストレス管理を数値と仕組みで設計することです。60歳まで30代の身体を保つには、感覚ではなく設計が必要です。月1回の健康診断データを記録し、異常値が出たら即対処する仕組みを作ります。

Q. 自分の健康が事業の存続に直結する理由を教えてください

A. 不動産会社の経営者は、顧客との信頼関係・金融機関との交渉・重要な判断を一手に担っています。経営者が倒れた瞬間、事業は止まります。健康は個人の問題ではなく、会社の最重要リスク管理項目です。

相談窓口

役員報酬を削って走り続けている経営者の方、稼働時間が月120時間を超えている方、「自分が動けば何とかなる」と信じて止まれなくなっている方。

その働き方を3年続けたら、自分の身体はどうなっているかを一度立ち止まって考えてください。

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AUTHOR

松本 龍樹

株式会社MCO 代表取締役/宅地建物取引士。代表プロフィールを見る