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ルールを規程でなく実行時チェックに埋め込む

AIは常時動くため、規程・委員会では統制できません。データ品質→意味の整合性→社内ルール→AIの動作チェックまで、業務プロセスそのものにガバナンスを埋め込むことで、後からチェックするのではなく実行時に制御します。

ガバナンスパイプラインの7段階チェックフローを示す図

この記事の結論

AIは常時動いているため、規程・委員会・定期レビューでは統制できません。業務プロセスそのものに「データ品質→意味の整合性→社内ルール→AIの動作チェック」を埋め込むことで、後からチェックするのではなく実行時に制御します。引っかかった例外は必ずログに残し、週次で分類・改善します。

AIは常時動いている—規程・委員会では統制できない理由

AIは常時動いており、定期的なチェックでは統制できません。従来の内部統制は「四半期レビュー」「監査委員会」「年次見直し」という定期的なチェックで成り立っていましたが、営業が問い合わせ対応AIを呼び出した瞬間に顧客データを参照し、提案書を生成し、CRMに記録します。四半期後に「この対応は規程違反でした」と言われても、すでに顧客に届いています。

AIエージェントは部門境界を越えます。営業データを取得→法務ルールを参照→CRMを操作→経理処理を発生させる、という一連の動作が1つのワークフローで走ります。各部門のルールが事前に整合していなければ、AIは矛盾を解消せず加速させます(詳細はAIは会社を賢くしない。構造を増幅する)。

不動産会社で言えば、査定AIが物件データを参照し、過去の成約事例を分析し、提案価格を生成し、顧客向けメールに添付する、という流れが10秒で終わります。この10秒の中で「データの品質は保証されているか」「価格の提示権限は誰にあるか」「顧客への送信前に人間が確認するか」をチェックしなければ、規程は形骸化します。

ガバナンスパイプラインとは何か

従来の「後からチェックする仕組み」を「実行時に制御する仕組み」へ転換します。AIが何かを実行するたびに通る7段階のパイプラインを設計します。

ガバナンスパイプラインの7段階チェックフロー

01 データ品質 データが揃っているか・欠損はないか
02 意味の整合性 全部門でデータの意味が揃っているか
03 アクセス権 この操作を実行する権限があるか
04 社内ルール 金額・件数の閾値を超えていないか
05 AIの動作 AIの出力が想定範囲内か
06 異常分類 どのステップで引っかかったかを記録
07 人間エスカレーション 必要なら人間に判断を求める

AIが業務を実行するたびにこの7段階を通過。引っかかった時点で止まり、人間に判断を求める

図1 ガバナンスパイプラインの7段階チェックフロー
ステップ 内容 例(不動産会社)
① データ品質チェック データが揃っているか・欠損はないか 物件情報に住所・面積・築年数が全て入っているか
② 意味の整合性チェック 全部門でデータの意味が揃っているか 「反響」「追客中」「見込みA」の定義が営業担当ごとに違わないか
③ アクセス権チェック この操作を実行する権限があるか 新人営業が単価300万円以上の値引きを提案していないか
④ 社内ルールチェック 金額・件数の閾値を超えていないか 広告費が月予算の80%を超えたら人間承認を求めるか
⑤ AIの動作チェック AIの出力が想定範囲内か 査定価格が周辺相場の±30%を超えていないか
⑥ 異常分類 どのステップで引っかかったかを記録 ステップ④で広告費上限に引っかかった
⑦ 人間エスカレーション 必要なら人間に判断を求める 社長に「月予算80%到達・追加承認の可否」を通知

ルールは文書で終わらせず、実行可能なルール・モニタリングトリガー・エスカレーション・監査ログ・意思決定境界まで落とし込みます。これがガバナンスパイプラインです(詳細はAI層は最後に置く — 8層アーキテクチャの順序)。

MCOでの実装例—3つの区分と具体的なルール

私たちは自社のAI業務に対して、すべての操作を3つの区分に分類しています。

MCOの決裁権限テーブル—A自動/B下書き/C決裁の3区分

A 自動実行
AIが自動実行してよい / 事後報告のみ(1〜2文)
B 下書きまで
AIは下書き・準備・実行直前まで。送信/確定/実行は人間
C 決裁必須
代表決裁必須。AIは提案・3択成形まで
操作 区分 備考
顧客・取引先宛メッセージ B 文面作成まで。送信は人間
freee請求書 B 下書き作成まで
支払い・購入・課金 C 金額の大小を問わない
価格・単価の提示 C 決裁前の提示は禁止
広告の配信開始・停止・予算変更 C クリエイティブ生成はB
50件以上のファイル移動 C manifest出力+承認後のみ

判定の3つの問い: ①不可逆か? ②外部に影響するか? ③金銭・契約・価格に触れるか?

図2 MCOの決裁権限テーブル—A自動/B下書き/C決裁の3区分
区分 意味 報告様式
A AIが自動実行してよい 事後報告のみ(1〜2文)
B AIは下書き・準備・実行直前まで。送信/確定/実行は人間 成果物+「実行は人間」明記
C 代表決裁必須(AIは提案・3択成形まで。着手も不可のものを含む) YES/NO/保留の3択に成形して確認

判定は3つの問いで決まります。

  1. 不可逆か?(取り消せない・相手に届く・公開される) → YESならB以上
  2. 外部に影響するか?(顧客・取引先・世間・本番システム) → YESならB以上
  3. 金銭・契約・価格に触れるか? → YESならC

3問すべてNOで、Vault規約に沿う操作ならA。該当行がない操作は仮判定し、テーブルに1行追記してレビューを待ちます。

実際の区分例を示します。

操作 区分 備考
顧客・取引先宛メッセージ B 文面作成まで。送信は人間
freee請求書 B 下書き作成まで
支払い・購入・課金 C 金額の大小を問わない
価格・単価の提示 C 決裁前の提示は禁止
広告の配信開始・停止・予算変更 C クリエイティブ生成はB
50件以上のファイル移動 C manifest出力+承認後のみ

このテーブルはスキル・ルーティン・案件ごとのCLAUDE.mdから参照される正本です。

不動産会社での応用—広告費上限・値下げ権限・重説チェック

不動産会社がガバナンスパイプラインを実装するなら、最初に埋め込むべきは以下の3領域です。

広告費上限 AIが広告の予算配分を提案する場合、月予算の80%到達時点で自動的に人間承認を求めます。配信開始・停止・予算変更はすべて社長決裁とし、AIはクリエイティブ生成と入稿準備までに留めます。

値下げ権限 査定AIが提案価格を生成する際、周辺相場の±30%を超えた場合は必ず人間に確認します。営業担当が値下げを提案する場合、一定額以上(単価300万円以上の案件で10%以上の値引き)は社長承認を必須とし、AIはその条件をプロンプト内に明記します。

重説の記載漏れチェック 重要事項説明書の自動作成システムに、必須項目の空欄チェックを組み込みます。登記情報・物件状況・設備・告知事項のうち、1つでも空欄があれば「要確認リスト」を生成して人間に返します。自信のない項目は勝手に埋めず、下書き段階で止まります。これは規程ではなく、書式生成スクリプトの中に実装されたチェックです。

私たちが支援している関西の不動産会社(従業員12名)では、重説の自動作成システムに「AIが作ったものは必ず人が確認」「メール送信・SNS公開・入金操作はAIにさせない(下書きまで)」「書式原本は書き換え禁止」「自信のない項目は勝手に埋めない」のルールを埋め込んでいます。これらはマニュアルではなく、システムの行動契約書として実装されており、AIが操作のたびに参照します。

引っかかった例外のログと週次改善

ガバナンスパイプラインが実際に効いているかは、例外ログで測ります。AIが実行を止めた操作・人間が上書きした判断を記録し、週次で5分類(データ品質/意味の整合性/ガバナンス/意思決定/実行)します。

同じ理由で3回止まったルールは、閾値が厳しすぎるか、データの入力時点で防ぐべき問題です。逆に、止まるべきなのに通過した操作があれば、ガバナンスパイプラインに穴があります。

人間が上書き(Override)した記録は、判断基準更新の最良の材料です。社長が「この物件は相場より5%高めで出す」と3回判断したなら、その地域特性・物件特性を言語化し、AIの判断基準に還元します(詳細はAI経営の神経系 — リアルタイム観測装置)。

最初の1枚を書く手順

不動産会社がガバナンスパイプラインを作るなら、以下の手順で始めます。

1. AIに任せる業務を1つ選ぶ 最もリスクの高い業務から始めます。顧客への価格提示・広告費の配分・重説の記載内容のいずれかです。

2. 「してはいけないこと」と閾値を箇条書きにする - 価格提示: 決裁前の金額を資料に書かない - 広告費: 月予算の80%到達時点で人間承認 - 重説: 必須項目が空欄なら下書きで止まる - 値下げ権限: 単価300万円以上の案件で10%以上の値引きは社長承認

3. プロンプト・ワークフロー・スクリプトの中に組み込む マニュアルに書くだけでなく、AIが操作のたびに参照する場所に置きます。プロンプトの冒頭に「以下の条件を満たさない場合は処理を止めて報告する」と明記するか、スクリプトの中にif文で閾値チェックを埋め込みます。

4. 引っかかった例外をログに残し、週次で分類・改善 日付・業務カテゴリ・止まった理由・人間が上書きした場合はその判断理由を1行で記録します。週次で5分類(データ/意味/ガバナンス/意思決定/実行)し、頻出パターンをルールに還元します。

最初の1枚は1時間で書けます。AIに任せる業務ごとに1枚ずつ増やしていきます。

よくある質問

Q. ガバナンスを規程でなく実行時チェックにする理由は何ですか?

A. AIは常時動いており、四半期レビューや委員会では間に合いません。業務プロセスそのものに「データ品質→意味の整合性→社内ルール→AIの動作チェック」を組み込むことで、後からチェックするのではなく実行時に制御します。

Q. 最初の1枚はどこから書き始めればよいですか?

A. AIに任せる業務を1つ選び、「してはいけないこと・金額や件数の閾値・人間承認が要る条件」を箇条書きにします。それをプロンプト・ワークフロー・スクリプトの中に組み込み、引っかかった例外を必ずログに残します。週次で例外を分類し、ルールを改善します。

Q. 不動産会社で実行時チェックを埋め込むべき業務は何ですか?

A. 広告費の上限(予算を超えたら人間承認)、値下げ権限(一定額以上は社長承認)、重説の記載漏れチェック(必須項目が空欄なら警告)、顧客情報の外部送信(AIは下書きまで・送信は人間)などが典型です。

Q. 例外ログは何を記録すればよいですか?

A. AIが実行を止めた理由(データ品質・意味の整合性・社内ルール・閾値超過のどれか)、止まった操作の内容、人間が上書きした場合はその判断理由を記録します。週次で例外を5分類(データ/意味/ガバナンス/意思決定/実行)し、頻出パターンをルールに還元します。

Q. ガバナンスパイプラインを作ると業務が遅くなりませんか?

A. チェックはミリ秒単位で終わります。むしろ事後の修正・トラブル対応の方が時間を食います。実行時チェックで止まるのは「人間が判断すべき操作」だけであり、自動化できる部分は通過します。

相談窓口

AIに任せる業務が増えるほど、ガバナンスを規程ではなく実行時チェックに埋め込む必要性が高まります。不動産会社であれば、広告費上限・値下げ権限・重説チェックから始めるのが現実的です(導入の全体像は生成AI導入の6ステップ)。

私たちは、自社のAI業務に対してすべての操作を3区分(A自動/B下書きまで/C決裁必須)に分類し、例外ログを週次で分類・改善しています。この仕組みを顧問先の不動産会社にも展開しています。

生成AIを貴社の業務にどう組み込むかは、扱う物件・組織の規模・現在の業務フローによって最適解が変わります。株式会社MCOでは、不動産・建設業に特化したAI経営コンサルティングと実装代行、社内定着までの伴走を行っています。まずは公式LINEからお気軽にご相談ください。

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AUTHOR

松本 龍樹

株式会社MCO 代表取締役/宅地建物取引士。代表プロフィールを見る